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   「柏町鳥瞰図」昭和4年 柏町中心部鳥瞰図。椎名呉服店が現在の椎名ビルです。
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茶事教室 創刊号

新聞発刊にあたって

そごう茶事教室OB会会長  濱嶋 壽一

 歴史を刻みながら歩み続けるそごう茶事教室は昭和五十六年、教室修了の皆さんのあくなき精進の心が結集し発足しましたが、いつか昭和の世も平成となり十年になろうとしております。その間の研鑽心のふれあい等いろいろ想起されますが、昨日のことのようでもあり、又茫々漠々として流れ去ろうとしています。十年一昔ここで区切りをつけて、しばし立ち止まり、あし跡を振り返り、結成発足に力を尽くされた先駆者諸兄諸姉の事績に思いを馳せ、原点を見つめ直し、記録に留めたいと思います。その基礎に立って、会員相互の情報意見の交換、現況周知と把握加えてふれあいの場が必要になって来ます。それらのことが凝結、昇華されるのは新聞しかありません。新開発刊に思い至った所以であります。目的達成には皆さんの心からのご協力、ご叱声と励ましが大きな推進力になります。既に委員長には不肖、濱嶋が選ばれ他の編集委員の方達と、平成元年五月六日手さぐりながら第一回の会議を開き、八月一日に創刊号発行と決め、歩み始めました。志す紙面が刷り上るかどうか、期待と危惧が交錯する思いです。だがもう発車しました。紙面に皆さんの心が真実が希求が息吹くことをひたすら願っております。

 皆さんの原稿や声が寄せられることを委員一同心から願っております。どうぞよろしく。


十周年を迎えてわたしの茶

−心にひびく茶を−

浅野 宗秀

 国際化の時代となり、国際交流が深まってまいりますと、日本文化の誇りとするものは何か、そしてその必要性が出てまいります。日本文化の最も誇りとするもの、その一つが茶の湯であると信じ海外でも二十年来、ティセレモニーをしてまいりました。

 戦後四十年の平和は、益々精神文化の時代となり、男性が多く茶の湯の世界に参加してまいりますと、明治以前の茶、本当の茶の湯の世界を考えるようになり、利休の茶、茶事の世界が再現されるようになりました。

 そのように深まってまいりますと、主婦の入口の茶道では、はるかなものとなり、手のとどかない世界となることも事実です。そこで、利休さんが唐物第一主義から、草庵の茶「わび茶」を完成した叡智を思い起して私達の茶、心にひびく茶を考え、実現して行く時代であるかと思います。

 幸にOB会の会員は熱心な実行派です。

 わたしの茶を考え、力を合わせて実現してゆく努力を、今年度はテーマとして全員で考えてゆくことは如何でしょう。

 柏そごう茶事OB会も十年を迎えます。発足時に努力して下さった高橋陽子さん始め皆さん、長年代表で熱心に会の精神的統一をはかり、まとめて下さった榎本さん、また会長を買って出て下さって、兎も角楽しく出席する会にしたい、本筋でなくともよい、レクリエーションもして好い会に、と励まし努力して下さる濱嶋壽一さん、更に惜しみなく協力して下さる朝香さん始め各理事さん、今年は今迄の理想が本当に現実となる好い年になりそうです。

 平成元年の総会には、どなたも一度は行事に参加出来るように、三本の柱をたてました。

一、近くて費用も手頃の茶事を組単位で一回ずつ
一、茶を離れて楽しいレクリエーションを一、二回
一、本格的な茶事を年二、三回

 どこかに必ず参加出来る会に、今から心がわくわくするような会にと話し合いました。

 平成元年の改まりと、十年を記念して、今年度から新聞創刊号の発刊をみます。どうか「役員にまかせていられない、私も力になろう」という人の出て下さるような、好い会「心にひびく、わたしの茶」実現の年にして戴きたいと念願いたします。


茶事教室 第2号

「茶事教室」第二号発刊にあたって

そごう茶事教室OB会会長  潰嶋 壽一

 平成元年八月「茶事教室」創刊号が発刊されました。OB会十年の節目に、歩みを振り返り、新視点に立ち、新しい展望と、精進、親睦のより処にとの思いで編集に取り組んだ。発想は良かったが、手をつけてみると生み出す苦悩と試行錯誤を経て発刊された。その時の充実感と安堵感は今も忘れられない。反面もう少しという悔いと反省にも駆られた。その余韻が未だ残っている中に、一年は過ぎ再び、涌く雲きらめく太陽の夏が近づいた。自然は規則正しく変わることはない。だが人間社会は変り行き、この一年間に、日本も世界も大きな変革に向かい、変貌し、めぐるましくついて行けない思いだ。「年々再々花相似たり。再々年々人同じからず」。今の私は去年の私ではない。一年間の人との交流、さまざまの思い、社会とのかかわり、の経験が積み重なってプラスがあったろう。或は悪づれしてマイナスの垢もたまったかも知れない。前置きはこれ位にして。平成二年五月十二日(土)、第二号めざして編集会義。どんな紙面にしようか、生みの苦悩が再び始まった今、創刊号が刷り上った時の印象が甦った。巻頭にふさわしい題字「茶事教室」さわやかな緑色に雅趣ある心こもった浅野先生の墨書。情趣と心情ある皆さんの寄稿文のかずかず。返らない歴史を留めた貴重な創刊号であった。第二号発刊も近い。皆さんのご意見やご協力と励ましを心からお待ちしております。


百回茶事をめざして

浅野 宗秀

 平成二年は、一九九〇年という節目の年であり、また利休四百回忌の年であります。

 千家家元を中心としての諸行事が催され、茶会も利休の道具組で、改めて佗茶の原点に立ってみつめ直す年であるようです。

 古来人間修業の法としての茶の湯を佗茶と呼んで来ました。利休は信長の茶堂になられた時、「伝は紹鴎に、道は珠光に得申す」と畔やかな言葉を残されています。人間修業の佗茶の精神は珠光に学び、技法は師紹鴎に習い今日の茶道に大成されました。

 弘治元年(一五五五年)師紹鴎を利休は自宅に招いた。宗安、宗久、宗好と共に、これが紹鴎を迎えての最後の茶会となった。

 また信長は堺の茶人達を招いて茶会を開いた。友閑、宗久、宗二の面々、濃茶は利休が点てた。茶は天下無双の三日月の茶壷の茶をひいたもの、この壺は以前六つに破れたのを利休が修理したものという。

 晩年の利休は、小田原の陣が終ると京へ戻り、天正十九年二月没するまで利休百回茶会と呼ばれる茶事を催した。掛物はまれに墨跡を、多くは大徳寺の古渓和尚、茶碗は高麗や今暁の長次郎、茶室に名物の一つもあれば事足り、時には名物なしでも、主客膝を交える草菴に名物の道具によらず利休の人、そのものの持つ力量によって運ばれたという、そして最後の茶事は、徳川家康ひとりを客に迎えての茶事であったといわれる。

 現代は、二十一世紀を目前にした国際化時代です。昨年十二月には、スペインのバルセロナにて、三十名で茶会をし交流してまいりました。その折、州立ヨッチャ美術学校長ヴィアシス氏は私がかつて若き日に芸術というものを発見したのは、岡倉天心の「茶の本」という小さな書物に出合った時からですと……、そして更に日本の伝統芸術の中にモダニズムの原点を見、その自然主義は、モネ、セザンヌ、ゴッホその他多くの芸術家達の作品に影響を及ぽしているともいわれました。

 日本の大切な宝、誇でもある茶の湯には、益々学ぶものが深く、そして子々孫々に伝えてゆく義務の大切さも自覚させられます。

 一期一会の茶事はその都度、客組、道具組、亭主の働きによって異なります。利休四百年を記念して、OB会百回茶事をめざしては如何でしょうか。


茶事教室 第3号

第3号発刊にあたって

そごう茶事教室OB会会長  濱嶋 壽一

 夏三たび巡り釆て「茶事教室」第三号が発刊された。刷り上りのインクの香が爽涼の朝を思わせる。

 三日、三月、三年、或は石の上にも三年というが、三の字にこだわると共に実感と充実感を味わっている。一号は新しいもの初めてのものを生み出す事で殊の他に苦しんだが、それを基調として二号目は路線が敷かれ三号目はその路線の上を走った。そう云いながら作り出す焦慮・錯誤そして何か物足りない悔いも交錯する。編集部の皆さんの流汗ねじり鉢巻の奮起に負うところが多く、加えて浅野先生はじめ、ご寄稿いただいたOB会皆さんのご声援と、真摯なご協力を心から感謝しております。

 商業新聞であれば5Wという原則に立って正確性・簡潔性の報道に徹すれば良いのだが吾が「茶事教室」は修養・親睦・ニュース、そして心のふれあい等、多様深遠、更に爽味一服という香気漂う記事にしたいという果てしなく極め難い願望を秘めている。難かしいようだが石の上にも三年。どうやらそれらに近いものが出来たと白負している。世に完璧・絶体ということはない。その事は目標である。それに半歩でも一歩でも近づくよう精進実践していくその過程に意義あり価値がある。何か舌足らず言い尽くせない、もどかしさもあるが発刊なりし安堵感と柏筅会四十周年記念という大きな歴史的行事終われりの充実感の余韻も交錯している。


茶の湯の成果は

浅野 宗秀

 茶の湯のけいこの成果は、茶事を催すことにあり、客を迎え、客をもてなし、その出合いの場でお互いの心を磨き、高めてゆこうという文化であります。

 昨年の利休居士四百回忌は、利休という茶人が日本古来の文化の中で、改めて見直され、今日の日本文化とのかかわりから、私共も今後の歩み方を、さぐり出さねばならない思索の年でもありました。

 これを機に茶事OB会も百回茶事を決意しましたが、五十六年発足時に椿山荘にて蛍の茶会を皮切りに、平成3年1月柿伝での夜咄まで、すでに47回を数えます。その間10年、OB会での百回茶事はまだまだこれからです。後50回も夢ではなさそうです。

 昨年は私の主催する柏筅会も懸釜40周年を迎え、プラザ平安にて記念祝賀会、八坂にて呈茶席、そして80頁の記念誌「空華」も出版出来ました。

 利休四百回忌の記念すべき年に、柏筅会懸釜40周年を盛大に出来ましたことは、ひとえに皆様方のご協力のお陰と感謝いたしております。今年もまた百回茶事遂行の楽しい一年でありますようお願い致します。

東京、不審菴茶会は、表千家家元、而妙斉宗匠を迎えての唯一の月釜です。

平成3年3月22日柏筅会皆様の協力で3回目の懸釜をいたしました。


茶事教室 第4号

つれづれに

濱嶋 壽一

 某日、父祖代々のふるさと柏の地名の由来を考えてみた。「明治十七年」篠篭田、豊四季、戸張、柏、花の井の五ケ村を合併して柏村。「大正十五年」に町制により柏町。「昭和二十九年」東葛飾。その年十一月更に宿連寺、根戸(一部)、小金町の光ケ丘だけを合併して今日の柏市となった。

 さて、柏という地名だが。由来には諸説がある。

(一) 古代手賀沼、利根川の舟運により、集落が形成されていったので、「舟つき場」「河岸場」が訛って「かしわ」になったという説。
(二) 奈良時代(七一〇〜七九四)に朝廷の官職制に、膳部があり、朝廷の膳部(食事他)を司どり、それに従属し、諸国の米、雑穀等の集荷運搬に従事する人々がいた。膳部の人々の代々の墓が現在の舟戸の古墳群である。舟つき場が舟戸。膳部の人々がいたから柏。
(三) 憶測だが、滋賀県の焼物の街「膳所」も同類の由来であろう。機会あらば一考したい。

 ついでに、柏市の樹に制定され、親しまれている柏の木について少しふれてみる。

 同音であることと、その特性の故である。

 冬期厳寒期にも、枯葉をそのまま枝に残し、じっと冬に耐えて、春には再び緑の葉が繁茂するという。その忍従性と耐久性、そして、希望の春を迎えるという樹の特性がこれからの柏の街をシンボライズしているからである。

 樹皮からはタンニン剤、材は土台、枕木、船材等になるというその堅牢性も貴重である。

(三原邦夫氏「渡来人の古代」一部参照)


光の演出「突上窓」

浅野 宗秀

 関東の小間茶室では突上窓は少ない。数年前、生涯に一度と覚悟して、暁の茶事を催しました。七十年振の大雪といわれた年でした。数江瓢鮎子先生は「暁の茶事は、雪の多い一番寒い年がふさわしい」といわれます。願った通りの実現でした。しかし、その茶室には、残念ながら突上窓も、ササ戸の用意もありませんでした。

 そんな経験から我家の小間茶席空華庵建築には、それをどうしたらとり入れられるだろうかが、大きな課題でした。事前の打合せに京都から見えた棟梁に「北向傾斜の屋根では、突上窓は無理でしょうか」と伺うと「そんなことはありません、突上窓のないのは茶室といわないでしょう」のお返事に小踊して喜び、また「ササ戸はどうしたら作れるでしょう」と問うと「私が作ってまいりましょう」との答、こんな喜びの日は、私にも生涯そう多くはありません。

 先日、建築家の中村昌生先生が突上窓について近年、古典の名席での茶事に巡り合ったお話を記されておりました。

 掘内家の長生菴は、薄曇りの日で席中はほの暗い、後座での傾きかけた日が際立ってきて、床の間の中まで照らし、自然な光の演出に魅せられたお話。

 裏千家の又隠は、宗旦が隠居した四畳半席で、二つの下地窓のみでほの暗い、それだけに点前に先立って突上げた効果は、一同を驚かせたとのこと。

 また表千家の祖堂では、利休堂のある道安囲四畳半で、低い突上窓は初座にはさほどに思われなかったが、後座では電気照明かと思わせる程の効用であったこと等、小間の茶室は茶事を催すために工夫されてきたものです。私達OB会念願の百回茶事も、半分は越えました。今後は気の合う同志の少数の茶事に向うことも考えられます。突上窓を生かし、ササ戸を使えるお茶事を、皆様と共に考えてまいりましょう。

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